「明暗」(夏目漱石)①

一癖も二癖もある人物が作品中に蠢いている

明暗」(夏目漱石)新潮文庫

周囲に円満な関係を
示そうとする津田と、
夫から愛されようと願うお延との
夫婦関係はしっくりいっていない。
二人は津田の妹・秀子や
津田の上司・吉川の妻から
夫婦関係について詰問される。
津田にはかつて清子という
恋人がいた…。

漱石最後にして最長、そして未完の作品。
そのためこれまで
後回しにしてきました。
他の漱石作品を
読んでからにすべきではないかと。
正解でした。
他の漱石作品を読んでからでければ
本作品の良さ、凄さ、奥深さが
理解できないと思うのです。
それほど本作品は
他のどの作品とも違っているのです。

一つは登場人物がみな個性的であり、
躍動感があるということです。
これまでの漱石作品は
どちらかといえば主人公だけに
丁寧な心理描写が
為されていたのですが、
本作品は周辺人物まで
丹念にその心理が描かれています
(そのためわずか10日あまりの出来事に
600ページ以上を
費やす結果となっています)。

学問を修めたことで
自分が一角の人物であると
認識している主人公・津田。
彼はこれまでの漱石作品同様、
必要以上に自己に拘泥する
身勝手な男性です。

自分の先見的な観察で
夫・津田を伴侶としたことに
自信を持っている妻・延子。
ところが津田の振る舞いに
愛情を感じることができず、
半年ほどで
その自信を喪失しかけています。

自分を見下す兄と
自由に振る舞っている兄嫁に
不快感を示す妹・秀子。
資産家に嫁ぎ、
子どももあるため、
延子とは全く価値観が違います。
この秀子が津田・延子
それぞれにかみつく場面が
一つの読みどころとなっています。

津田に対する僻みを
直接ぶつける無産階級の友人・小林。
この階層の人間に照明が当たることは、
これまでの作品では
ほとんどなかったはずです。

こうした一癖も二癖もある人物が、
作品中で生き生きと蠢いているのです。

さらに本作品の
書かれざる部分に思いを巡らすと、
キー・パーソンとなっていたであろう
人物は吉川夫人です。
131話から142話までの
津田と吉川夫人の
丁々発止のやりとりだけでも
存在感十分ですが、
未完部分でさらに大きな役割が
与えられていたことが想像されます。

残念ながら
津田の元恋人・清子が登場したところで、
本作品は漱石死去による
絶筆となっています。
でも、これだけの人物の
心理的駆け引きを読み味わうだけでも、
本作品の文学的価値は十分にあります。

(2018.9.1)

【青空文庫】
「明暗」(夏目漱石)

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